
十代・三輪休雪の萩茶碗の見込みです。写真では、茶碗正面を下にしています。
上から見るこの茶碗は、乱れの少ない真円形です。口縁は薄く均一で、端正な佇まいをしています。薄っすらと残る轆轤目や、砂粒や釉薬の気泡・縮れによる凹凸、釉薬と化粧土の穏やかなムラの優しい表情といった要素は茶碗の外側と同様です。見込みの底はなだらかに湾曲しており、茶溜りは意識的には整形されていません。静かで味わい深い景色です。
さて、十代・三輪休雪は人間国宝になる訳ですが、次代の十一代・三輪休雪(十代の弟)も人間国宝になります。十一代・三輪休雪の作品は、「休雪白」が更に進化し、所謂「鬼萩」と呼ばれるような、白釉を強く縮れさせた物が多くなります。この「鬼萩」は人気が高く、他の萩焼作家も多く手掛けるようになったりするのですが、それでも十一代以降の三輪休雪のトレードマークと言えるような様式となっています。ただ個人的に、この「鬼萩」の力強く荒々しい姿が、私が萩焼に求める味わいと随分と違っているので、現代陶芸作品として興味深いとは感じるものの、伝統的な「萩焼」としてコレクションに加えるのには多少の抵抗感があります。その点、中古市場に出て来る十代・三輪休雪の作品は、まだ伝統的な萩焼の姿をしている物が多く、その意味で「萩焼旧御用窯の作品を全部揃える」という私のコンセプトに合致しています。私が三輪窯の作品を購入する上で十代・三輪休雪の「休雪白」でないオーソドックスな茶碗を選んだのは、こうした事も要因の一つです。
つづく