茶道具というのは、お茶を楽しむための道具=「茶の道具」であるというのが一般的な理解だと思うのですが、時々そうではなく、茶道のための具=「茶道の具」になっているのではないかと思われる事があります。
例えば、床の間に飾る掛け軸なんかは、お茶を喫するにあたっては何の関係もなく、全くお茶の道具ではありませんが、茶道に於いて茶室で接客する場面に於いては、接待をするための演出の一つとして扱われているようです。即ち、接待術としての茶道の中で、具の一つとして使われているように見えます。掛け軸も、こういう場面では「茶道の具」=「茶道具」なのです。
私は絵画や掛け軸の類には興味がありませんし、茶道にも興味がありませんから、掛け軸が茶道具なのかどうかは、実際どうでも良いです。でも、掛け軸を茶碗に置き換えてみると、少し話がややこしくなります。
茶道では、当然お茶を口にするための道具=「茶の道具」として茶碗が使われますが、この茶碗も客人を持て成すための演出の一つとして、季節に合わせた絵柄の物を選んだり、何某かの意味を持たせた物を選んだりします。茶道に於いて茶碗は「茶の道具」であると伴に「茶道の具」でもある訳です。
一方、私は抹茶が好きですし、それ以上に抹茶茶碗が好きです。殆ど抹茶茶碗を楽しむために抹茶を点てていると言っても良いくらいです。茶碗は単なる道具ではなく、それ自体が目的化しているのです。ですから、私にとっての茶碗は、お茶を楽しむための道具=「茶の道具」ではなくなっています。かと言って、私は茶道には興味がありませんし、客人を接待する事にも興味がありませんから、茶碗は「茶道の具」とはなりません。
私にとっての茶碗は、「茶の道具」でもなく、「茶道の具」でもない訳です。
一般に茶道具と言われる茶碗は、茶道に於いては「茶の道具」であると同時に「茶道の具」でもあります。逆に、私にとって茶碗は「茶の道具」でもなければ「茶道の具」でもありません。でもやっぱり私にとっても茶碗は「茶道具」ではあります。
果たして「茶道具」とは「茶の道具」なのか「茶道の具」なのか。はたまた、そうした理解を超えて、「茶道具」という独立した言葉なのか・・・。
そんな事が頭の中を駆け巡る年末なのでありました。(笑)
という事で、本年の記事更新は今回で終了です。来年は新年四日から更新を再開する予定でいます。
それでは、皆様、今年もお世話になりました。良いお年をお迎え下さい! (@^^)/~~~
おわり